قصة الكتاب :
講談社(講談社文芸文庫)/2012年/272ページ/本体1400円/ISBN 978- 4-06-290155-0 伊井 直行 1953年宮崎県生まれ。1983年『草のかんむり』で群像新人文学賞、1989 年『さして重要でない一日』で野間文芸新人賞、1994年『進化の時計』 で平林たい子文学賞を受賞。著書に『悲しみの航海』『会社員とは何者 か?』『愛と癒しと殺人に欠けた小説集』など。
「サラリーマン」とはなぜか、平凡の同義語であるかのように思われがちだ。日本 の現代文学にサラリーマンを主役にした作品があまり目立たないのもそのせいかもし れない。作者は、いかにも平凡な一会社員の日常をユーモラスな、しかし正確な筆遣 いで描き出しながら、そうした紋切型を突き崩そうとする。サラリーマンは会社で何 をしているのか、会社とはそもそもどういう組織なのかが正面から扱われるのだ。 主人公は「彼」と示され、名前は、はっきりと示されてはいない。しかし「よく働 く元気なニヒリスト」という性格設定は、日本社会を支える多くのサラリーマンたち の姿勢を鮮やかにあぶりだして見せる。「彼」は上司や同僚、とりわけ彼の一挙一動 を細かく観察している女子社員たちの目を気にしながら、ぼろを出すまいと苦労し、 仕事上のミスを挽回しようと神経をすり減らす。しかし結局のところ、会社に不可欠 な人間などいないのかもしれず、自分は交換可能な歯車の一つにすぎないのかもしれ ない。そんな意識を底に秘めながら、サラリーマンは目先の仕事の締め切りに追われ 続けるのだ。 いわゆるバブル末期に書かれた作品だが、ここに捉えられた会社内における人間の 意識のあり方は、現在もなお本質的に変わることなく、日本人のアイデンティティー を作り上げているのではないだろうか。(NK)
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