قصة الكتاب :
講談社/1996年/絶版 中央公論新社(中公文庫)/1999年/384ページ/本体743円/ISBN 978- 4-12-203497-6 保坂 和志 1956年山梨県生まれ、鎌倉育ち。1990年『プレーンソング』でデビュー。 1993年『草の上の朝食』で野間文芸新人賞、1995年『この人の閾(いき)』 で芥川賞、1997年『季節の記憶』で平林たい子文学賞、谷崎潤一郎賞を 受賞。著書に『生きる歓び』『明け方の猫』など。
この長編の出現は、1990年代の文学界にとって、ちょっとした事件だった。 といっても作中では事件もドラマチックな出来事も起こらない。古都鎌倉の四季を 背景に、離婚して5歳の息子「クイちゃん」と暮らす語り手の「僕」による平坦な日 常の報告、断続的な思弁が続くだけである。 会社からも世間からも距離をとる僕にはたっぷりと時間がある。海辺や山の尾根を 散歩したり、夜は気の合う近隣の人びとと食事や酒を楽しみ、哲学的、科学的な意味 を探る問答を、仲間うちでぐだぐだやっている。だが、その理屈っぽいやりとりこそ、 「漱石の『吾輩は猫である』の現代版」(丸谷才一)であり、「血縁の濃すぎる絆を越 え出る、新しい開かれた人間関係」(日野啓三)だと大いに評価された。 「ねえパパ、アリの世界にもアリはいる?」 まだ字が読めないクイちゃんが発するこんな問いは、たしかに抽象概念と詩的感性 が交差する、かけがえない日常の一瞬。これこそ事件かもしれない。現代小説の前衛 を拓く保坂和志の挑戦は、この作品から本格化した。(OM)
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