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قصة الكتاب :
新潮社/2013年/169ページ/本体1400円/ISBN 978-4-10-445609-3 玄侑 宗久(ゲンユウ ソウキュウ) 1956年福島県生まれ。様々な仕事を経験した後、京都、天龍寺専門道場 に入門。現在は福聚寺住職。2001年、「中陰の花」で第125回芥川賞を受 賞した。著書に小説として『リーラ―神の庭の遊戯―』『テルちゃん』、 ほかに仏教や禅にまつわるエッセイや対談本も多い。
芥川賞を受賞後も福島県三春町の生家、福ふくじゅうじ聚寺の住職を続けていた作者は、2011年 3月11日、福島第一原発から50キロ圏内にあるその地で被災。直後の東日本大震災復 興構想会議では委員に選ばれ、全国各地で講演活動も行ってきた。 <しかし因業なことに、やはり私は放射線量にかかわらず呼吸しつづけるように、 小説を書かないでは暮らせなかった>。そうして生み出されたあの日から2年間の、 状況の推移を克明に映し出した6編の収録作は、どんな映像、報道より被災地・福島 に生きる人間の真実を凝縮し、同時に、この震災の悲劇全体を見渡すことを可能にし ている。 津波に襲われ、家族を亡くして以来、湯飲みのお茶も怖くて飲めなくなった若い娘。 身元不明の夫の遺体を捜す妻と幼児、その母子に対応する安置所の係官も、実は娘と 孫を亡くしていた……。被爆を恐れて北海道に逃れたまま、避難所暮らしを選んだ夫 と離婚を決意する若い妻、彼女に複雑な思いを抱きながら現地で暮らし続ける旧友夫 婦も登場する。無論、こうした個別の不幸を紹介するために小説が書かれたのではな い。震災は彼らから本当は何を奪い去ったのか、それは回復可能なものなのか。彼ら はこの先、どんなふうに生きていけばよいのか。人間の命とは何か。読む者に鋭い問 いを突き付けながら、それでもどこかに慈愛の光が差しているのは、僧侶としての作 者の徳、東北の人びとが今も保つ心根の美しさゆえだろう。(OM)
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